大船今昔(写真集)
大船の街の移り変わりをご紹介します。写真をクリックし、拡大してご覧ください。
大船駅西口
横須賀線開通の前年(明治21年(1888年))に開業し、玉縄地区への玄関口を担っていましたが、駅開業から38年後に開設された東口に商業施設が発展し、今では東口の方が賑わっています。
それでも、玉縄城跡に開校した栄光学園や清泉女学院の学生は、毎日の通学で西口を利用しています。

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大船駅西口・大和橋
大船観音下の柏尾川に架り、大船駅西口と玉縄地区を結んでいる重要な橋です。
柏尾川はたびたび氾濫しており、大和橋も昭和期には何度か架け替え・補強されています。昭和30年には渡り初め式が行われました。

大和橋の渡り初め

JR大船駅側から見た大和橋
鎌倉ハム工場
鎌倉ハム富岡商会は、明治33年(1900年)創業の老舗で、本社工場は大船駅西口の柏尾川沿いにありました。現在は鎌倉市岩瀬に移り、跡地にはマンションが建っています。
創業者・富岡周蔵氏は、大船駅で駅弁販売を始めた人物です。

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大船観音
大船駅西口の丘陵に建つ白衣観音は、昭和4年(1929年)に着工しましたが、昭和恐慌と戦争で工事は20年以上中断。
その後、市民の募金などで工事が再開され、昭和35年(1960年)に現在の観音像が完成しました。


大船観音寺からの眺め
大船観音寺の境内からは、眼下に大船駅、そして大船の町・鎌倉の丘陵地を望むことができます。
とはいえ、約60年の間で大船駅東口付近にビルが建ち並び、眺望が遮られるようになりました。

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栄光坂
昭和30年代半ばから玉縄城址の一部が玉縄台として造成され、昭和39年(1964年)には横須賀から栄光学園が移転しました。
そして、大船駅西口から学園へ向かう途中の急坂が『栄光坂』と呼ばれるようになりました。

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清泉女学院下
鎌倉市の植木側から玉縄トンネルをくぐると、清泉女学院のある高台の下に出ます。
その昔、この道は鎌倉から府中方面へ抜ける西の道(陣街道)として、鎌倉幕府により整備されたと伝わっています。

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玉縄トンネル
元は現在の植木小学校正門近くから山道を上り、現在の城廻交差点近くに下りる道でしたが、昭和2年(1927年)に1本のトンネルが開通し、植木と関谷が繋がりました。
昭和40年(1965年)にトンネルを広げて更に1本開削し、現在の上下分離方式のトンネルになりました。

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龍寶寺トンネル
明治10年(1877年)に玉縄小学校が龍寶寺へ移設され、岡本の児童は遠回り通学となりましたが、角田所作衛門氏が奔走し、素掘り通路を整備しました。
昭和期になると拡張され、眼鏡型トンネルが完成し、『龍寶寺トンネル』と命名されています。

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七曲坂
鎌倉市植谷戸の丘陵を登る坂道で、急勾配と曲がり道が特徴であるため、古くから『七曲坂』と呼ばれました。
また、近くには玉縄城第四代城主・北条氏繁公室の邸宅があったことから、夫人は『七曲殿』と呼ばれていたそうです。

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陣屋坂
鎌倉市植木の相模陣には、江戸期に玉縄藩の陣屋があったとされ、近くの坂を『陣屋坂』と呼びました。
坂を登り切った右手高台上には、『玉縄城址碑』や『庚申塔』が建っています。

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ふあん坂下の道しるべ石
久成寺前のふわん坂角には、往時の道標2基が立っています。改修時に円光寺前へ移ったものの、近年元の位置へ戻さました。
万延元年刻銘の駒形塔は鎌倉・藤沢道を示し、植木村六軒持ち。もう1基の頂猿型角柱も両道を示していますが、年代は不詳です。

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フラワーセンター
昭和42年(1967年)に神奈川県農業試験場の跡地に開園した県立植物園でした。現在は日比谷花壇グループが運営しています。
名高き『玉縄桜』は、このセンターでソメイヨシノとオオカンザクラが自然交配して誕生した品種です。

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